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プラズマローゲン物語 (24) (25)を掲載しました。

2021.09.27プラズマローゲン物語

プラズマローゲン物語(24) 九州大学医学部と共同研究へ

藤野武彦より15年後輩の九州大学医学部生理学教室の准教授片渕俊彦は、医師の免許を持ちながら患者は診ない医師である。病人を助ける喜びよりも、病気のメカニズムを知る喜びの方を選んだ男だといっていい。

最初は臨床医を志していた馬渡志郎の場合は、「九大医学部紛争」という事件に巻き込まれて生化学者の道を選ばざるを得なかったが、片渕の場合は馬渡と同じく最初は臨床医を目指していた。途中から基礎研究の魅力にとりつかれ自分の意思で医学者へ転身した。医学部第一内科を卒業すると2年間研修医として臨床の実務に携わってから大学院に進んだ。これは学位を取るためというより、第一内科の「良医になるには基礎医学をしっかり学べ」という伝統にしたがったまでだ。つまり「病人を理解するには、病気の基礎を知らないと人間を理解できない」というのが第一内科の文化だった。だから大学院の4年間が終了すれば再び第一内科に戻って臨床医になるつもりでいた。このコースを取るのが1980年代の医学生の常識的な生き方だった。学部を出てから臨床医としての研修をせずにストレートに基礎医学へ進むのは全体の5%程度しかいない。

ところが大学院の生理学教室で基礎研究のトリコになった。脳と神経の研究に取り組む恩師大村裕教授のひたむきな姿と人徳に打たれたせいかも知れない。科学を志す者は、そういう科学以外のものに惹かれることがしばしばあるものだ。脳と神経の研究にのめり込んでいるうちに、いつの間にか生理学教室のスタッフになっていた。将来の教授候補だ。こうなるともう臨床には戻れない。片渕の父親も臨床医だったので、「臨床医でなければ医者でない」と言われたら頭が上がらない。妻も九州大学医学部の同期生で臨床医。患者を診る「お医者さん」だ。そういう医師に囲まれた環境にあって彼だけが、なぜか患者を診ない「お医者さん」になるのである。

「ミイラ盗りがミイラ」になったかっこうで、片渕は生理学教室に骨を埋める覚悟を決めた。途中、ニューヨーク大学に留学した期間以外、片渕はこれまで九大生理学教室から一度も他大学や研究機関に籍を替えずに基礎医学の研究を続けてきた。

そんな片渕に目を付けた藤野は、「プラズマローゲンの研究を一緒にやらないか」と声をかけた。馬渡志郎がプラズマローゲンの大量抽出・精製に成功してから間もない頃のことだ。これから動物実験、ヒトへの臨床試験をやっていくとなるとどうしても優秀な生理学者の助けが必要になる。藤野は脳の研究をしてきたといっても、脳生理学の専門家ではない。馬渡は神経内科出身だといっても、いまは生化学的手法に特化している。どうしても別の角度から脳とプラズマローゲンの関係を見ることができる研究者が、もう1人欲しい。

そういう理由で藤野が誘いの声をかけると、意外なことに片渕は何のためらいも見せずに一発で「ああいいですよ。ぜひ一緒にやらせてください」と答えた。同じ九大第一内科の先輩後輩の間柄とはいえ、15年の年の開きがあるので藤野と片渕はそれまで親しく話したことはなかった。大学内での藤野評は「言っていることが突飛で、普通の人と違う。しかし誰より研究熱心で、これと思ったらやりとげるエネルギーはすごい」と片渕は聞いていた。現に、誰もがやらないプラズマローゲンと脳の関係の研究を、大学教授の定年をとっくに過ぎたロートルコンビがやろうとすること自体が突飛だ。藤野は「この研究は人や世の中のためになる研究だから価値がある」など利いた風なことはいっさい言わないが、片渕は「学問を応用するよりも、学問そのものをやりたい」という藤野の情熱を感じた。情熱というより、「おれたちは、やりたいことをやりたいから、やるんだ」という若者のような何物にもとらわれない純粋さと自由さを感じたといったほうがいいのかも知れない。「この研究は面白いよ」と藤野の目がにこやかに笑っているようだ。

そういうわけで、レオロジー機能食品研究所の藤野と馬渡のプラズマローゲン研究に、片渕が新たに加わった。片渕は九大生理学教室の准教授で事実上の責任者の立場だったので、九州大学医学部生理学教室の研究スタッフとの共同研究で動物実験が新たに開始されることになる。

プラズマローゲン物語(25) 動物実験で研究が進む

プラズマローゲンの研究開発に片渕俊彦が加わってからマウスやラットを使った実証実験が本格的に始まった。

片渕が来て、まず最初に行った動物実験の目的は、口から摂取したプラズマローゲンが体内でどうなるか、またその副作用の有無を確認することだった。レオロジー機能食品研究所で精製した高純度のプラズマローゲンを1%添加した餌を遺伝性のメタボリック症候群のラットおよび正常なラットに、それぞれ4週間および6週間食べさせると、ラットの赤血球膜でプラズマローゲンが増加することが分かった。また副作用がないことも確認できた。

この結果は、馬渡、片渕らがまとめて「食事としてプラズマローゲンを与えるとラットの赤血球細胞膜中のプラズマローゲンが増加する」という研究論文にして公表、英文の医学雑誌にも掲載された。その要約は「プラズマローゲン餌をメタボリック症候群のラットに4週間与えたところ、血漿コレステロールおよび血漿リン脂質が減少した。肝機能、腎機能、血漿検査数値および体重の変化は見られなかった。プラズマローゲン餌を正常ラットに9週間与えた場合も血漿コレステロールおよびリン脂質が減少し、それにより赤血球細胞膜のプラズマローゲンが増加した。その他通常の血漿検査数値、体重に違いは見られなかった。その健康状態への悪影響は認められなかった」というものであった。赤血球細胞膜にプラズマローゲンが増加するということは、脳内のプラズマローゲンが増加するということを意味する。

片渕が研究スタッフに加わる前、藤野武彦と馬淵志郎がレオロジー機能食品研究所で、2人で行っていた動物実験がある。それは「モリスの水迷路」とい装置を使った空間認知学習行動の実験だった。

モリスの水迷路とは、直径1・5メートル程度で深さ30センチ以上の水槽の水面ぎりぎりのところにマウスが乗れる大きさの透明の台(見えないように)を置いた装置のことだ。そこへ老齢のマウスを放すと、はじめは台に気づかずランダムに泳ぎまわっているが、そのうち偶然に台にたどり着きその上に乗る。90秒以内に台にたどり着かなければ溺れないように台に乗せてやる。これを8回繰り返し、8回目にタイムを計る。プラズマローゲン入りの餌を摂取したマウスは10秒もかからずにたどり着いたのに、プラズマローゲンを摂取しなかったマウスは30秒以上かかった。

この実験に使った老齢マウスは、当時京都大学で実験用に使っていた「老齢化促進マウス」を譲ってもらった。そのマウスにプラズマローゲンを半年以上投与してから水槽にいれるという大変息の長い、かつ単純な実験だった。

この実験で、プラズマローゲンを投与したマウスの方が明らかに空間認知能力と記憶力が高いということは証明できたが、さて、どうして能力が高くなるのかそのメカニズムがわからない。そんなときに、片渕がやって来て、さまざまな生理学的実験をして、それまでの疑問を明らかにしていった。