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プラズマローゲン物語 (30) (31)を掲載しました。

2021.10.18プラズマローゲン物語

プラズマローゲン物語(30) 修道女シスター・メアリーの謎

先に軽度認知障害から認知症への進行を防ぐのが認知症専門医の仕事だと書いたが、軽度認知障害から正常な状態に戻るケースももちろんある。これを専門医たちは「リバーター」と呼んでいる。

軽度認知障害から認知症に進む割合は1年間で10%の割合で進み、5年間で半数が認知症になってしまう。しかし、残りの50%は認知症にならない。10年たてば100%が認知症になってしまうわけではないのだ。しかも軽度認知障害全体の14%から44%が正常化するといわれている。正常化率に幅があるのは調査の方法や地域差があり正確な統計が出ていないからだが、約半数が正常化するという説もある。とにかく500万人軽度認知障害がいるとして250万人は認知症に進行しないのだ。その科学的な根拠はいまだに証明されていない。

もっと不思議なことがある。どう見ても医学的には認知症だが、生きているうちには認知症の症状が現れないケースがある。とはいっても死んで脳を解剖してみないと分からないので統計はとれないし、正常な人の脳を解剖するわけにはいかない。ただ1件、確かな症例がある。それが「修道女シスター・メアリー」の症例だ。この症例は認知症専門医でなくとも、医師なら誰でも知っている症例だ。

このことはアメリカのケンタッキー大学の研究グループによるノートルダム修道院の修道女678人を対象とした半世紀にわたる追跡研究の結果明らかになった。101歳で亡くなったメアリーの脳を解剖したら、どうみても病理学的にはアルツハイマー病の脳だった。870グラムと萎縮しているし、アミロイドβもしっかり沈着していて、新皮質の神経原線維変化がごくわずかであった。それなのに生きているときのメアリーは正常な人とまったく変わらない生活をしていた。認知機能検査MMSEも27点と正常範囲を維持していた。シスター・メアリーの生涯は19歳から84歳までは現役の数学教師で、数学の教師を辞めてからも、福祉活動に活発に取り組んでいた。このことを1997年に著書「100歳の美しい脳」にまとめたこの研究の主任教授デヴィッド・スノードンは、「生涯脳を活発に使い続けたことで、アルツハイマー病でも認知症の発現を防ぐことができたと考えられる」と述べている。

この本が世に出てから、一時「シスター・メアリー」の謎を解く研究が注目された。アメリカのカリフォルニア大学グラッドストーン研究所のレナード・ムッケらの研究グループは、延命タンパク質として知られる分子クロトーのレベルを上げるとアルツハイマー病を発症したネズミの認知機能を改善できたとして話題を呼んだ。研究グループが、ネズミの学習と記憶に関与している神経伝達物質の受容体を調べると、受容体の特性が若返っていたというのだ。一時はこれで「シスター・メアリーの謎」が解けたのではとメディアもとりあげたが、いまだにそのメカニズムも科学的根拠も解明されていない。

この「シスター・メアリーの謎」について認知症専門医である山田達夫に問うと、「海馬などこれまで知られている細胞が死んでしまっても、残った他の細胞が代理となって認知予備能力を働かしているとしか考えられない。しかしそのメカニズムや生理学的根拠は分からない」としか答えようがないと。だが「一般の人でも、生涯現役として働きつづけることや、リタイアしても社会活動やレジャー活動をつづけていれば、この認知予備能力を高める根拠になりうるだろう」と付け加えている。

「シスター・メアリーの謎」は依然として謎のままだが、山田は2002年からもっと差し迫った現実的なMCI有病率調査と認知症予防活動「安心院プロジェクト」を大分県安心院町で実施することになるが、それはこの章の後半に詳しく書くことにして、取りあえず山田と藤野武彦たちが一緒になってプラズマローゲンのヒトへの臨床試験を開始する前に、認知症とそれに関連する医療界の現状を述べていく必要があるだろう。

プラズマローゲン物語(31) 認知症の現状 5人に1人が認知症の時代に

現在、厚生労働省によると、認知症の患者は462万人、実に65歳以上の高齢者の7人に1人が認知症という時代だ。さらに厚労省は高齢化が進む日本は2025年には認知症患者が1・5倍の約700万人、5人に1人の時代が来ると推計している。

高齢者人口は毎年増え続けている。2042年には3935万人となりピークを迎え、しかも少子化と高齢化率は上昇を続け、2077年には国民の約2・5人に1人が65歳以上になる。とくに75歳以上の後期高齢者人口の増加は、今後30年にわたって続くことは必至である。

国際アルツハイマー病協会によると世界のアルツハイマー病患者は4680万人で、2050年には1憶350万人になると推計している。患者に対する治療費や施設や介護などに要するコストは、2015年には8180憶ドル(約91兆円)かかっているが、2018年には1兆ドル(約111兆円)に増えているという。111兆円といえば、我が国の国家予算を軽く超えている。それが2054年まで増え続けるのだ。我が国の国家予算は約100兆円。医療関係が半分弱で、認知症関係は2兆円余りである。そして介護保険利用の最多の原因である認知症に関する予算も同程度とされているので、日本の総予算の約4%という巨額な金額がこの分野に使われていることになる。

これでは国家はたまらない。政府は2013年から国家戦略として「認知症施策推進5か年計画」を推進してきたが顕著な成果はみられず、2015年には認知症施策推進総合計画(新オレンジプラン)を発表した。それは、①認知症の社会理解を深める②容態に応じた適時、適切な医療・介護等の提供③若年性認知症施策④介護者への支援⑤高齢者にやさしい地域づくり⑥予防法、診断、治療法⑦認知症の人や家族の視点の重視などを骨子としている。その上で「予防と共生」のもとに、2019年から2025年までに「70代の認知症を6%減らす」という目標を掲げている。その内訳は、70代前半は3.6%から3.4%に、70代後半は10.4%から9.8%に減らすというものだ。