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プラズマローゲン物語 (38) (39)を掲載しました。

2021.11.15プラズマローゲン物語

プラズマローゲン物語(38) 認知症への進行減少の実績

安心院プロジェクトは、福岡大学の医師と心理士による問診、ファイブ・コグと脳血流スペクトを用いた評価が毎年行われた。

先に述べた予防活動グループ18人と非予防活動グルーブを比較すると、その差は顕著に表れていた。1年後の予防活動グループは非予防活動グループに比べて記憶と言語の項目で有意な得点の上昇が認められた。一方、非予防活動グループは記憶と言語で悪化する傾向が認められた。また脳血流スペクトにおいては非予防活動グループの血流低下部位の拡大が見られたのに対し、予防活動グループでは血流改善が認められた。非予防グループでは1年後に2人がアルツハイマー病に転換し予防活動グループからの転換者はなかった。

非予防活動グループ42人の3年目以降の調査は、保健師の聞き取りによって、認知症への転換が調査された。その調査によると3年目の評価時点では12人が認知症に転換(転換率26%)したと評価された。その内訳はアルツハイマー病が10人、混合型認知症が1人、レビー小体型認知症が1人であった。そして、非予防活動グループの正常への復帰者(リバーター)は6人(リバーター率13%) であった。

6年目では非予防活動グループ46人のうち、6人が死亡し、そのうち5人が生存中に認知症になっていた。そのほか40人中16人が認知症に転換していた。すなわち6年目で21人が認知症に転換(転換率46%)したことになる。これはこれまでの報告の転換率と一致している。さらに7年目では認知症は23人(転換率50%)に増えていた。

一方、予防活動グループ18人は、3年目で16人が正常化した(リバーター率89%)。4年目においても、1人も認知症への移行はみられなかった。しかし5年目になって1人がアルツハイマー病に、他の1人が脳血管性認知症に転換した。7年目では2人が認知症に転換(11%)したが,非予防活動グループとの差は明らかであった。しかし7年目までは転換率11%だったが、9年目には28%に増加していた。

このように長期にわたる安心院プロジェクトの全体をまとめると、予防活動によって、認知症発症が7年間で5分の1に抑えられたということである。

これら安心院プロジェクトの記録と分析結果は、2006年から2008年にかけて、福岡大学の研究スタッフの手により「非薬物療法によるMCIから認知症への進行予防効果に関する検討」「MCIの抽出に用いられる記憶検査と局所脳血流の検査-安心院プロジェクト-」「地域における認知症予防介入-大分県宇佐市安心院地区における実践をもとに-」の論文にまとめられている。

プラズマローゲン物語(39) 認知症予防の重要性

2004年、1グループ9人の参加で始まった安心院認知症予防プロジェクトは、2010年には4グループになり、2014年には15グループに成長した。2015年には30グループ300人と倍々ゲームで増えていき、山田達夫が福岡大学を退職した後も、福岡大学の後輩研究スタッフの手により現在までつづいている。

安心院プロジェクトの特徴は、単なるMCI有病率調査でなく、認知症予防活動を伴っている点にあった。これまでにも息の長い疫学調査は数多くある。アメリカの「フラミンガム・スタディ」、九州大学と福岡県久山町の共同研究「久山スタディ」などの生活習慣病をテーマとした世界的な疫学調査は、50年以上の長期にわたるものである。しかしこれらは疫学調査で介入調査ではない。安心院プロジェクトは第一章で述べた「フィンランド症候群」のように、「こういう生活をしたら病気を防げる」といった介入をしたものだ。フィンランドの場合は、介入した結果、予測とは逆の現象を生み「フィンランド・パラドックス」などと揶揄されたが、安心院の場合は、予測していた通りの結果を生んだ。

山田らは、認知症の非薬物療法の3要素とされている「栄養、運動、社会性」の運動に着目し、レジャー活動の中に巧く運動を組み込んだ。運動が認知症の予防・改善に有効ということはいわば医療界の「常識」ではあった。運動がもつ生物学的基盤として重要なのは、まず運動によりドーパミンやノルアドレナリン、セロトニンなどの神経伝達物質と神経栄養因子の放出が促進されることである。そしてこれらの作用がシグナル伝達を介して、神経新生、血管再生、そして神経可塑性に影響することがわかっていた。その結果を安心院の高齢者たちの生活を変えることで実証したのである。もちろん軽度認知障害住民たちの自主性を重んじ、すべて会員の相談のもとで「安心院けんこうクラブ」を運営させることで社会性を涵養し、町の職員や栄養士たちの努力が大きな貢献要因となる総合プロジェクトであった。

また安心院プロジェクトは2015年に厚生労働省が打ち出した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が掲げる「予防と共生」を先取りしたプロジェクトともいえる。福岡大学という地方の大学と人口1万人程度の町の限られた予算で、共同研究調査は小規模なものにしかなり得なかったが、この研究プロジェクトのデータは、これからの認知症対策の貴重なデータになることは間違いない。そのことを踏まえて山田は次のように語っている。

「残念ながら私たちがこれまで行ってきた地域での複合的認知症予防活動は確実にMCIからの転換を抑制したと断定できる根拠を示し得ていない。なぜなら安心院プロジェクトはRCT(ランダム比較試験:客観的な治療効果を評価することを目的とした研究試験)の体裁を整えてはいるが、サンプル数は少なく、多施設共同ではなく、そうしたことからエビデンスレベルは高くない。したがって、認知症予防をより発展させるためには国家プロジェクトとして、非薬物的予防活動を実施し、加えてかかりつけ医との連携のもと、薬物等による個々の住民の危険因子改善などを実施しながら、その効果判定のための厳密な臨床試験が多施設共同で行われることが喫緊の課題であると考えている」