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プラズマローゲン物語 (40) (41)を掲載しました。

2021.11.22プラズマローゲン物語

プラズマローゲン物語(40) 住民による認知症への取組、「神戸御影プロジェクト」

安心院プロジェクトが農村部の認知症への取り組みなら、都市部でも住民による認知症への取り組みが進展してきている。神戸市東灘区御影は「住みたい街ランキング」の上位ランクされる都市部の住宅地だが、ここでも安心院の場合と同じく1人の女性の献身的な努力で認知症予防運動を展開してきた。

ケアマネージャー資格も持つ看護師伊藤米美は、2000年から神戸市御影の診療所と訪問看護ステーションに勤め、認知症患者を中心とする高齢者支援に携わってきた。そこでの重度認知症住民への介護の困難さにたびたび遭遇し、そのため認知症の早期発見・治療の重要さを認識し、2006年ごろから認知症予防の取り組みが始まった。まず伊藤は専門組織をまとめ上げ、認知症予防を目的とした多職種参加ネットワークづくりを進めていった。努力が実って2007年に創設された医療・介護事業所の専門職のネットワークは主として講演会開催や物忘れ検診などに取り組んだ。2010年にその組織はNPO法人「認知症予防ネット神戸」へと発展した。このNPO法人は、住民の認知症予防への理解を深める施策、物忘れ検診と相談会の実施、予防教室の遂行、家族や地域住民との懇談会の創設、多職種間の情報交換、認知症予防学会での発表などを柱とした。

NPO法人へは医療・介護の事務所、老人会などの24団体が参加している。このNPO法人を母体として、さらに自治会やふれあいの町づくり協議会の代表も含めて御影地区で2013年と2015年に御影北地区と御影中部地区に2つの認知症予防推進委員会が設立された。

この認知症予防推進委員会の活動内容は、住民の認知症と予防への理解を深める認知症予防と支援のためのサポーター養成、認知症予防カフェの設立、認知症予防と支えあいの町づくりマップの作成、物忘れ検診と相談会の開催などで、着々と成果が上がっている。

しかし伊藤米美による御影プロジェクトの遂行は、2000年の予備段階から、取り組みがあまりに多職種、多岐にわたっていたために、困難がつきまとっていた。地域の中で認知症予防に真剣に取り組む医師が圧倒的に少ないという現実があった。それでかかりつけ医師との連携がなかなかうまくいかない。弁護士など知的レベルが高い専門職であっても、その多くが認知症は予防できないと頭から思っていることが意外と多い。だから地域包括支援センターとの連携がなかなかうまくいかない。このような困難なことがはじめからつきまとっていた。

このような困難を一歩一歩克服していきながら、組織は徐々に強化され、例えば地域住民を対象とした認知症予防講演会は2年間で35回に及んだ。また認知症予防カフェが2か所に設立され、認知症予防グループが御影山手と御影北で新たに発足し、大分の安心院同様の定期的活動が展開されている。このように安心院とは活動方法は異なるが、NPO法人を中心として都市型の多様な予防活動が着実に展開されている。都会では独居や高齢者のみの世帯がますます増加し、老人は孤立している。老人会への組織率は年々減少し、崩壊の危機に瀕している。このような状況のなかで、御影で行われている認知症予防への取り組みは、間違いなく認知症の発病を遅延させ、有病率を低下させる効果があると考えられている。安心院プロジェクトを成し遂げた山田達夫は神戸御影プロジェクトに次のようにアドバイスをしている。

「私の意見を言わせてもらえば、御影プロジェクトのさらなる発展は、継続して行政に働きかけ、活動の具体的実績を通して、十分な行政からの支援を獲得していくことによって得られるのではないかと思っている。そのためには認知症が予防できたという確かなデータが不可欠である。この実績づくりも、行政の支援なしではできないことが多いが、御影ではまだまだこの点が弱い。今後、安心院の地域調査のようなプロジェクト遂行を目指すことも視野に入れた日々の活動を期待している」

国の「新オレンジプラン」のねらいは社会全体で認知症の人を支える基盤として、認知症の人の視点に立って認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進を図るものであるが、ひとつのポイントが2018年度から全自治体で必須になった、認知症初期集中支援チームである。その趣旨は認知症と診断された当事者と家族がその診断を受け入れて、認知症の人として前向きにこれからの人生を設計し、それを実践し始めるところにある。出発点は早期診断の受け入れにある。その意味では農村部の「安心院プロジェクト」と都市部の「神戸御影プロジェクト」は、政府の掲げる「予防と共生」の先駆け的な存在であるといえるだろう。

プラズマローゲン物語 (41) ヒト臨床試験への道

2010年代になると社会の認知症に対する理解もかつてよりも深まり、メディアの認知症専門医である山田達夫への取材の機会も増えてきた。そういうとき、山田は決まって次のように答えることにしている。

―認知症の根本的な治療法はありますか?

「長い間、認知症の仕事をしてきましたが、現段階では認知症に有効な薬はないということです。この10数年間、認知症の新薬は開発されていません。その間いろいろやって来たけれど、軽度認知障害に効果があるのは、栄養、社会参加、有酸素運動だといわれています。私たちは安心院プロジェクトでこの3つが極めて効果的だということを確信しましたが、栄養と社会参加の有効性のエビデンスを示すのはなかなか難しい。しかし、有酸素運動の有効性は数値的にも誰にでも理解できるように説明することができます。それも認知症と同じくらいの数がある軽度認知障害には極めて有効だという数値が出ています。」

―軽度認知障害から認知症への進行を防ぐために一番必要なことは?

「現在、認知症患者が400万人いるとすれば、軽度認知障害はほぼ同数の400万人いるとされています。それらが、必ずしも本物の認知症に進行するわけではありませんが、1年で1割のペースで認知症に進行し、5年間で半数の200万人が認知症に進行するとされています。軽度認知障害と認知症の違いは、一人で日常生活が送れるか送れないかの違いです。一人で日常生活が送れているうちは、まだ認知症だとは言えません。非薬物的な方法で軽度認知障害の症状を改善して、本物の認知症になることを防ぐのが私たち専門医の役割だと思っています。それと軽度認知障害の段階で『おれは絶対に認知症にならないぞ。なってたまるか。』という認知症という病気に徹底抗戦の気持ちを持つことも大切です。軽度認知障害と診断されて、家で何もしないでボーっとしているのが一番いけない。『なんでもいいから新しいものに挑戦してみなさい』と常に言っています。できるだけ家から外に出ることと、新しいものをやるということが一番効果があります。一人でできなければ、デイサービスなどは極めて有効です。

―最近は若年性認知症の問題も出てきました。

「20世紀初頭ドイツで初めてアルツハイマー病と診断された女性も若年性認知症だったように、認知症は決してお年寄りだけの病気ではありません。認知症予防のニーズは大きいのに、それに対して企業による若年性認知症に対する取り組みは出てきていますが、まだ、散発的で組織化されていません。認知症への不安が強い人々が満足して信じられる総括的な予防事業のスキーム作りが必要なのに、いまだに未成立のままです。しかし最近心強いことは、軽度認知障害であることは恥ずかしいことでも何でもないという認識が広がりつつあるということです。そして、認知症カフェのような多くの人が協力し合って、認知症への進展に徹底抗戦する動きが見え始めたことは、これからの認知症対策にとっては重要なことだと思っています。」

山田達夫が安心院プロジェクトに一区切り着け、次の研究目標を模索していた2012年ごろ、藤野武彦、馬渡志郎、片渕俊彦の3人はプラズマローゲンの動物実験で目論見通りの成果を挙げ、次のヒトへの臨床試験の準備を着々と進めていた。