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プラズマローゲン物語 (48) (49)を掲載しました。
2021.12.20プラズマローゲン物語
プラズマローゲン物語(48) 無気力からの顕著な改善
福岡大学での最初の臨床試験は参加者40人という小規模なものだったが、その後大規模な臨床試験が行われることになる。その経過の中で山田達夫を驚かせたのが、74歳の意味性認知症の男性患者の例だった。
認知症の約1割を占めるといわれている意味性認知症の一番の特徴は、言葉の意味が分からなくなることで、例えば「利き手はどっちですかと尋ねると、「キキテってなんですか」と答える。単語を正しく聞き取ることはできるが、その意味がわからない。この「語義失語」現象はアルツハイマー病とは違う。アルツハイマー病の場合は、物の名前を思い出せないことがあるが、ヒントがあれば思い出すことができるし、答えを聞くと納得する。しかし意味性認知症の場合は正しい答えを教えられても、あたかも初めて聞く言葉のような反応を示す。意味性認知症患者の脳をMRIで調べると、多くの場合、左の側頭葉の前の方が萎縮している。言葉を話したり理解したりする中枢が通常左脳にあり、左の側頭葉の前部は言葉の意味を理解する機能を担っているからだ。これはタンパク質の一種が蓄積し神経細胞の変形が生ずることが意味性認知症の原因と考えられている。この意味性認知症は2015年7月に前頭側頭葉変形症として国の難病に指定された。
この患者の場合も、山田が「犬も歩けば」と問いかけても、なんと答えていいかわからず、「私は犬を取り扱ったことがないので、ちょっと分かりません」と途方に暮れるばかり。MMSEの点数も18点と中期認知症の症状だった。計算能力も低く、「100から7を繰り返し引いてください」というテストでも100引く7は93までは答えられるが、さらに7を引いた86が出てこないで5点満点の1点どまり。ところが、プラズマローゲンを飲んで1ヶ月後、計算能力は5点、MMSEの総合点も23点まで改善されていた。言葉もはっきりしてきた。中期認知症からわずか1ヶ月で5点も改善し、軽度認知症レベルに転じた例など経験したことはなかった。もちろんプラズマローゲンのどんなメカニズムが働いて患者の能力が改善されたか、山田は臨床試験だけでは知ることはできない。
だが、山田を一番驚かせたのは、患者を介護する家族の表情だった。MMSEの改善はさほど見られないのに、それまで無気力でやる気がなかった患者本人が、明るく元気になり、なにごとにも積極的になるという現象が著しい。現に臨床試験の介護人の客観的評価でも、「記憶」に対する評価はさほどではないが、「注意力」や「実行機能」「意欲感情」の改善の評価が際立って高い。これまで認知症、特に軽度認知障害の治療には薬物の治療より家族や介護者のあり方の方が重要だと考えていた山田は「もし認知症治療に使うクスリがあるとすれば、このプラズマローゲンがその第一候補だ」と直感した。
この無気力や無感動、いわゆるアパシー状態を著しく改善するという効果は、出回った初期のころのアリセプトの効果に似ていると山田は思った。山田も患者のうつ状態を改善するためにアリセプトを使った時期もあった。世界初、それも日本発の抗認知症薬として期待されたアリセプトもそれほどの効果が見られず副作用もあるというので、山田はなるべく使わないようになっていた。しかしプラズマローゲンの臨床試験をしてみて、アパシーの改善効果はアリセプト以上だと実感した。しかもプラズマローゲンにはこれといった副作用がまったくない。初期の認知症の改善は「本人のやる気」がすべてだと考えている山田にとって。これほどのクスリはなかった。「よし、これからはこのプラズマローゲンと非薬物療法をうまく組み合わせて新しい治療法を考えていこう」と結論を出したのは必然的なことだった。こういうときの山田は、大学教授としての山田というより、臨床医としての山田の考え方の方が先行していた。
プラズマローゲン物語(49) 強力な2人の協力者
蒲池真澄は、山田達夫をいずれは自分のグループ病院にスカウトしようと思っていた。山田が藤野武彦や馬渡志郎たちと一緒にプラズマローゲンの開発研究を行っていることが気になっていた。蒲池はプラズマローゲンがどういうものだかまだ本当のことを知らなかった。
「藤野さんたちが何か面白いことをやっているようだが、結果はどんな具合ですか」
山田が部屋に入って来るなり、いきなり蒲池は本題から単刀直入に切り出した。蒲池は藤野と馬渡から「プラズマローゲンが認知症治療に有効」という話は直接聞いて知っていた。しかし「藤野さんや馬渡さんは、研究者としては優秀だが、マウスの実験や化学反応の結果だけでヒトに効くかどうかの確証を得ることはできない」と思っていた。しかし、いずれは頼まれれば援助も止む無しとも思っていた。そこでベテランの認知症専門医の山田の意見を訊きたかったのだ。
「認知症の治療としてはかなり有効なものです」と山田は結論から先に述べて、ヒトへの臨床試験の結果をつぶさに語った。小規模な臨床試験だが、明らかに改善の兆しが見られたこと。現状維持を症状の進行の悪化を防いだと受け取るなら、その意味でもかなり有効だということ。でもそれはMMSEの結果だけの話であって、患者のやる気や積極性は明らかに改善され、笑いや冗談も取り戻した患者もいたこと。そのことで本人よりも家族に感謝されたこと。それに何より副作用がなかったこと。他の病気の薬と併用しても弊害が出ないというのは、リハビリ患者にとっては最大のメリットであり、カマチグループのリハビリ病院で十分に活用できることなどを話した。
「話はよく分かりました。で、先生は臨床医として、これから患者にこのプラズマローゲンを使おうと思われますか」と蒲池が聞いた。
「私は使いたいと思っています」と山田が明確に答えると、蒲池はしばらくじっと考え込んでいたが、ひと声「よく分かりました」といって、あとはまた黙り込んでしまった。何か考え事をするとき、会話を打ち切り黙りこむのが蒲池のクセである。このとき蒲池は藤野と馬渡の研究開発に協力しようと決意をしたのだ。協力というのは今の蒲池の立場とすれば資金援助以外にはない。それにカマチグループの医療スタッフや職員も支援体制に動員すれば、かなりの力になる。カマチグループ病院は入院患者約5000人、外来患者は約5万人、スタッフ・職員1万300人のマンパワーに膨れ上がっていた。
蒲池はこの時点では、山田をカマチグループに引き入れ、所沢明生病院をまかせることにしていた。しかし、山田からしばらく藤野や馬渡たちと一緒に「仕事」をさせてくれという申し出があった。理由を聞くと、これからプラズマローゲンの大がかりな「二重盲検試験」をやるので、その準備のために認知症専門医である山田の協力が必要だということだった。二重盲検試験とは後の項で詳しく書くが、製薬会社が新薬を出すときに必ずやらなければいけない臨床試験で多額の費用もかかるかなり厄介なテストだ。
「なんで二重盲検試験をやる必要があるのです。プラズマローゲンは、あくまでもサプリメントであって薬品でないんでしょ。サプリメントとしてどんどん使っていって、よく効く結果がでれば、そのうちクチコミで黙っていても広がっていくでしょうに」と蒲池が怪訝な顔をして問うた。普通、製薬会社が新しい薬を出すとき、10年、200億円とも300億円ともいう時間と資金が必要とされる。それに多数の被験者と病院施設の協力を必要とする二重盲検試験は費用もかなりの額になる。もちろん二重盲検試験をしなければ厚生労働省の薬品としての認可は下りない。しかしサプリメントなら、そんな面倒なことは必要としない。なにを好き好んで、と蒲池はいいたいのだ。
「藤野先生たちは、きちんとした薬品なみのデータが欲しいのです。プラズマローゲンを普及させるためには、どんな医師でも納得させるだけの数値と科学的根拠がなければいけないという考え方なんです。巷にあふれるサプリメントとは格が違うという信念があるのですね。私も臨床医としてその考え方には賛成です」と山田が答えると、蒲池は「藤野さんは相変わらず学者バカだな。物事への徹底ぶりと几帳面さは学生時代から変わらない」と蒲池は苦笑した。そして「これは、ちょっとした出費になるぞ」と考えた。藤野たちのプラズマローゲン研究開発への協力を決めた蒲池は、山田との会話を中断し、どんな方法でどれだけの経済支援をしようかと考え込んでいた。
蒲池がプラズマローゲンの開発研究への支援を決意したとき、臨床医、生理学者、生化学者、そして病院経営者と、専門分野が異なる5人が、プラズマローゲンというボールを抱えて、がっちりとスクラムを組むことになった。こういうケースは、もちろん世界でも類がないことである。