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プラズマローゲン物語 (56) (57)を掲載しました。

2022.01.17プラズマローゲン物語

プラズマローゲン物語(56) 加齢病態修復学講座

プラズマローゲンの臨床試験が順調に進められているのと並行して、九州大学医学部の生理学教室の片渕俊彦は臨床組には加わらず黙々とプラズマローゲンの基礎研究に取り組んでいた。藤野武彦に言わせれば、臨床医と基礎研究の医師がこれだけがっちりとスクラムを組んだ研究チームは世界でもここだけで他に類がない世界一のチームだという自負があった。


片渕は脳神経の基礎研究に関しては世界レベルの生理学者であったが、九州大学での地位は60歳を超えたのにまだ准教授のままであった。というのは、文部科学省は2000年代に入ってから臨床の教授ではなく、基礎医学の教授の数を減らす方針を打ち出していた。これは九大だけに対する傾向ではなく他の国立大学も同じ傾向にあった。また医学部だけでなく、理学部も農学部も応用研究はそのままにして基礎研究の教室の数を減らしていた。これでは日本の科学の基礎研究はだめになるという識者の声が強く上がっていたが、時代の流れには逆らえなかった。事実、九大医学部の生理学教室も2つあったのが1つに減らされ、教授の数も1人に減らされた。これが、片渕が万年准教授に甘んじていなければならない理由だった。

そういうときに、片渕に他の私立医療大学から教授の話が舞い込んできた。そのとき藤野は猛反対した。その大学は医療スタッフを養成する専門の大学で、そこへ行けばプラズマローゲンの基礎研究が途絶えてしまうからだ。藤野は母校の九大でせっかく始めたばかりのプラズマローゲンの研究を途絶えさせたくなかった。そのとき藤野は九大の名誉教授ではあったが、すでに退職しており籍はない。レオロジー機能食品研究所の代表で一連の医療法人社団ブックスの理事長であるが一民間人にすぎない。ところが藤野のユニークなところは、寄付講座を九大に新設して片渕を教授にしようと目論んだことだ。寄付講座は他の大学や九大でも理学部や工学部など他の学部では盛んに設けられていた。しかし伝統ある医学部だけは積極的に民間の資金を入れることには拒否反応を示し続けていた。しかし藤野は自分が代表になって寄付を集めるという形で教授会を説得するのに成功した。こうして「加齢病態修復学講座」が誕生した。海外向けには「神経炎症と脳疲労に関する研究所」と分かりやすい教室名にした。こうして2016年12月1日、片渕俊彦は加齢病態修復学講座の教授に就任した。62歳のときだった。

ところが好事魔多しというべきか、教授に昇進した翌年、片渕は胃癌を発症し、その進行が予想外に早く2018年1月6日、63歳で亡くなった。

藤野が共同研究を申し込み一緒に研究始めてから、まだ10年もたっていなかった。馬渡志郎がプラズマローゲンの大量抽出に成功し、片渕が2014年にマウスを使った実験でプラズマローゲンに抗神経炎症作用と神経新生作用があることを証明し国際学会で発表していなかったら、これまでのプラズマローゲンの開発研究の進展はなかったといっていい。海外の医学ジャーナルにも「アルツハイマー病に関するプラズマローゲンの研究では臨床と基礎研究が一体となった日本の研究チームが一歩先を行っている」と書かかれるようになったのも、片渕の研究があったればこそだ。臨床試験では認知症にプラズマローゲンが有効だということは証明できたが、その生理学的なエビデンスを究明する本格的な研究はこれからだというときに、一番大切な人間を失ってしまった藤野の失望感は大きかった。片渕の葬儀の席上、藤野が馬渡にポツリと言った。

「ぼくの脳疲労概念は天動説を地動説に変えるようなもので、どの大学の教授でも99・9%が賛同してくれないのに、彼だけが直感的に賛同してくれた。ぼくの脳疲労概念を理解する学者は彼しかいなかった」

馬渡は「まだ、おれがいるじゃないか」と言おうと思ったが、また議論になると面倒なことになると思い、黙っていた。

藤野が新設した加齢病態修復学講座は片渕の死後も、バングラディシュ出身の若い准教授シャミン・ホセインが研究を引き継いだ。ホセインは片渕の亡き後、プラズマローゲン協会の理事も務めている。その講座のホームページは加齢病態修復学の文字とともに、「神経炎症と脳疲労に関する研究所」と英語で大きく書かれ、次のようなコメントが載せられている。

「私たちは、加齢による様々な病態のメカニズムを明らかにし、元気で老いることへ貢献したいと考えています。私たちの研究室では神経炎症・細胞シグナル伝達について、基礎医学のみならず゙臨床医学と共同研究を行っています。プラズマローゲンと脳疲労概念の脳に作用するメカニズムを明らかにすることで、アルツハイマー病やうつ病、メタボリック症候群の治療法の確立に役立てたいと考えています」

藤野と片渕らが始めた脳疲労とプラズマローゲンの研究概念は、九州大学医学部に2人がいなくなっても、若い世代のシャミン・ホセインらの手によって引き継がれている。

プラズマローゲン物語(57) いま世界での立ち位置

いまプラズマローゲンとアルツハイマー病の相関関係が、世界でどのような位置で認識されているか知るには、ネットで医学ジャーナルを開けばいい。ネット情報は瞬時に世界中を駆け巡っている。医学誌「Lipids in Health and Disease」で2019年に発表されたSuらの総説では、「プラズマローゲンによる臨床研究は始まったばかりであり、アルツハイマー病や神経機能に対する新たな治療法としての可能性を秘めている」結論づけている。(要旨和訳)

「リン脂質のサブタイプであるエタノラミン・プラズマローゲンとアルツハイマー病との密接な関係が明らかになってきた。アルツハイマー病患者のプラズマローゲン濃度低下に関する多くの報告から、認知障害やアルツハイマー病と相関関係があることが分かっている。一部の研究では、アルツハイマー患者およびアルツハイマーモデル動物において、プラズマローゲンによる治療効果が確認されている。アルツハイマー病への効果をもたらすプラズマローゲンの潜在的作用機序は、γ-セクレターゼ作用の抑制に関与していると考えられる。γ-セクレターゼは、認知症の顕著な特徴であるアミロイドβを産生する酵素の一種である。インビトロ研究ではGタンパク質共投型受容体活性化を介してタンパクリン酸化酵素の活性を増強することにより、プラズマローゲンが神経細胞死を抑制することも実証されている。さらにプラズマローゲンは、カスパーゼ3、9によるタンパク質分解を阻害することで、マウスの初代海馬神経細胞死を抑制することも分かっている。今後、アルツハイマーバイオマーカーとしての役割も期待できることから、アルツハイマー病に関与するプラズマローゲンの分子種を固定するためのさらなる研究が求められる。プラズマローゲンによる臨床研究は始まったばかりであり、アルツハイマー病や神経機能に対する新たな治療法としての可能性を秘めている」(γセクレターゼとはタンパク質分解酵素の一種。カスパーゼも細胞を阻害する酵素。インビトロ研究とは試験管内での生体研究のこと)

この医学誌「Lipids in Health and Disease」はイギリスで2002年に創設された国際的に信頼おける医学ジャーナルで、この「プラズマローゲンとアルツハイマー病:総説」を書いたSuら3人はオーストラリアの学者である。解説論文の中ではこれまで片渕俊彦や馬渡志郎、藤野武彦の研究論文、さらに二重盲検試験の報告論文などが多数引用されており、藤野らの研究チームが世界の最先端にあることを示している。

この解説論文はプラズマローゲンのアルツハイマー病や神経障害などへの有効性を肯定的にみているが、「可能性を秘めて現在進行中」という程度の見解にとどめている。これは2018年までの研究論文を基にして書かれたものだからだ。つまり藤野たちの研究チームが行ってきた研究成果の足跡をなぞっているにすぎない。ということは、現在の世界の医療関係者のプラズマローゲンと認知症の関連性に対する知識水準は冒頭の解説論文の域を出ていないということになる。

藤野はこの解説論文について「この記事で、私たちがプラズマローゲンの簡便な検出法と抽出法を発見し、世界で初めて動物実験を行い、次いで世界で初めてヒトへの臨床試験を行ったことを高く評価しているが、これは1961年にガガーリンが人類で初の宇宙旅行に成功したようなもの。宇宙旅行といってもガガーリンは大気圏外の地球を1時間50分かけて一周しただけにすぎない。そのあと続々と宇宙旅行が実行され、その8年後には人類は月まで行けるようになった。私たちはプラズマローゲンのヒトへの研究の第一歩を踏み出しただけ。これからはさまざまな研究が世界各国でなされ、やがては何千万人という人々がプラズマローゲンを使う時代が来ることが最終目的だ。いま私たちは軽度認知障害や軽度認知症だけでなく、これまでの臨床試験のデータからプラズマローゲンが中等認知症、重度認知症にも有効という確証を得て論文を書いたところだ。これから各国でプラズマローゲンのさまざまな開発研究がなされることを期待している」と語っている。

(なお、中等認知症と重症認知症を対象にした研究は2019年に論文掲載されている(Fujino et al., J Alzheimers Dis Parkinsonism 2019, 9:4))


現在、藤野たちの研究チームはプラズマローゲンと認知症との関係の領域を超えて、パーキンソン病、メタボリック症候群、うつ病、糖尿病さらに心臓病などとの関係を研究論文にまとめて医学ジャーナルに掲載する準備を着々と進めている。藤野たちのチームは世界水準の一歩先を歩いているが、すぐ後からより多くの研究チームが追いかけてくることは必至である。