BOOCSブログ
「いのちの放浪記抄」あらすじ その1
2022.11.06ブックスサイエンス
≪人はなぜ死ぬのか そして生きるのか≫
主人公の松井甚一は、生命の不思議さにひかれ実験生物学の研究をしている大学院生である。
甚一は近所に住む年下のゆみこに密かに心惹かれていたのだが、彼女は親の転勤で東京に引っ越してしまう。その後しばらくして彼女は骨肉腫を発症し、あっという間に夭折する。彼女の死の知らせに、甚一は大きな衝撃を受けるが、彼女の霊前にお参りしようと思い、登山姿で途中長野県の美ケ原高原を経て上京する。
東京に着いた頃には日も暮れてしまったので、大学の学生寮に泊めてもらう。そこで数学専攻の亀山亮三と出逢い意気投合し、それぞれの学問上の悩みなど深く語り合う。亀山は、「魂の詩人でなければ数学者になることは不可能だ」という越えがたいテーマにぶち当たっていることを話し、甚一は「生命とは何か」といった直接的なこれまでの問い方ではなく、もっと多様な柔軟な問い方を模索していることなどを語りあう。
その日の夕方にゆみこの家族の住む家に到着し、彼女の死を受け入れ、込み上げてくる涙とともに霊前に心からの祈りを奉げる。
福岡に帰った後、甚一は無教会の集まりで出逢った在野の植物研究家の前川老人を訪ねる。そこで前川老人から「愛する人の悲しい死を通して、魂を磨き続け真に永遠に生きる道への質的転換」について深い示唆を受ける。またいのちの探究活動をすすめるには、内から語りかける異次元の生命エネルギーの言葉を、どこまでも素直に聞き分け実践することが最も大切だと気付かされる。
やがて甚一は、これまでの機械論的な実験生物学研究に心が満たされなくなり、大学での研究を続けることは、自分の「いのちの探究」の道から遠ざかって行くだけではないのかと深い疑問を抱くようになる。
所属研究室の古市教授に相談に行くが、「機械論的生命観」に基づく成果を求め、名だたるものを得ることに全てを捧げている教授の鬼気迫る論理に、甚一の「実存的生命探究」への漠然とした想いは容赦なく論破される。このことを友人の宮崎重治に相談する。宮崎は同じく機械論的な生命科学研究に物足りなさを感じている生命探究詩人でもあり、互いに「いのちへの渇き」の心情を語りあう。
第二章 いのちの原点から
甚一の所属する大学の研究室の真ん前にある建設中の大型電算機センターに、米軍のファントム戦闘機が墜落炎上する。これを契機に、政治にあまり関心のなかった甚一も、激しい大学闘争の渦に巻き込まれて行く。
学生街のスナック・シャングリラで宮崎と飲んでいる時、全共闘の活動家鬼丸保と伊藤祐二たちと遭遇し大いに語りあう。鬼丸たちは、哲学の西沢教授の著作の読書会をやっていて、大学闘争を進める自分たちの姿勢を「自己否定」と「根拠」との関連で互いに吟味しようとしていた。そしてその「根拠」とは「全人類の生命の根源」のことではないかと議論は深まって行く。
シャングリラのマドンナであるひとみから、彼女の弟にテニスを教えてほしいと頼まれ、甚一はひとみたちと大学構内の片隅のテニスコートで楽しくラリーをする。しかし休憩時の甚一の態度から、ひとみは甚一が別の女性のことを思っていると直感する。その後しばらくしてシャングリラに宮崎と飲みに行ってみると、ひとみは店をやめて大阪に去ってしまっていた。
憧れのマドンナに振られた甚一は落ち込んでしまうが、一緒に飲んでいた宮崎から、哲学者キェルケゴールが愛するレギーネとの婚約を破棄することで「追憶の恋」から「反復の恋」へと転換しようとした話を聞いて慰められる。しかしシャングリラのママから、ひとみはもう戻って来ないと告げられ、「反復の恋」とは、ひとみと縒りを戻すことではない別の次元のことであると悟る。
数か月後、ファントム戦闘機の残骸が何者かによって引き下ろされ、学生たちのバリケードも機動隊によって一気に撤去され、熱い政治の季節はしぼんで行った。
鬼丸たちに誘われ甚一は、哲学者の西沢先生宅を訪ね、先生夫妻に温かく迎え入れられる。教授を辞職した理由や、自分たちが関わっている学生運動の歴史的意義、対立するもの同士であってもお互いを支える「いのちの原点」の哲学的な意味などを聞かせてもらい感銘する。