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「いのちの放浪記抄」連載開始

2022.10.12ブックスサイエンス

「いのちの放浪記抄」の連載にあたって

本ブログは、福岡の詩誌「⽆」(ん)に2015年1月から2021年3月の間に6編ほど投稿した小品を「いのちの放浪記」と題して小説風に纏めてみたものを、その[概要]に続き、テーマを「恋愛編」と「生命探究編」に絞って連載することとした。

この小品が、読者の方々にとって生きている世界の豊かさの発見やこれからの進むべき道を探る一助ともなれば幸いである。

 

詩誌「⽆」(ん)発行の草木社主宰の荒平太和氏からは、執筆にあたり適切な助言や温かな励ましを頂いて来た。特に本書の重要な柱の一つである「生命論」の展開に関しては、長年にわたる荒平太和氏との議論によるところが大きい。

 

「青春の煌めき」の章の「内なる声の問いかけ」の節は、私が無教会の集いで出逢い、親しくさせて頂いた故増田昇造氏との貴重な語らいからヒントを得たものである。彼から示唆された無教会主義を提唱した内村鑑三についての詳細は、「内村鑑三悲しみの使徒」(若松英輔著 岩波新書)等を参考にさせて頂いた。

 

更に「青春の煌めき」の章の「たこつぼ談義」の節で、「詩人は本来乞食と同じ世界の住人に違いない」というようなくだりでの、生活を顧みることもなく憑かれたように言霊の働きに激しく感応しその表現にいのちをかけ、もう詩を書くことしかできないという詩人の姿は、杉山参緑氏から受けた穏やかではあるが異次元の世界の住人である彼からの強烈な印象によるものである。

   

杉山参緑氏との出逢いは、彼の晩年近くに荒平太和氏から紹介されたことによる。三人で何度か喫茶店で文学談義など楽しく有意義な時を過ごしたり、書斎でもある庵風の自宅に招かれ貴重な話を伺い大いに共鳴するものがあった。彼は九州の詩壇では、茶川影之介や葦原中彦などのペンネームで「放浪詩人」として知られている。「一匹羊」や「種まく人々」など多くの詩集が発表されている。

 

 「いのちの原点から」の章の「矛盾の境界領域」の節では、大学闘争のさなか、傾倒していた哲学者の滝沢克己教授宅に友人たちと訪ねた時の温かな先生の印象を思い起こしながら、少なくとも私自身にとって大学闘争とは何であったのか、そして今の自分にとってどのような糧となっているのかを考えてみたかったのである。詳しい内容面については「全共闘を読む」(私の〈大学闘争〉暫定的総括 滝沢克己 情況出版)を参考とした。

 

「下へ昇る」の章から「カイロスの時」の最終章では、「正しいと思っていること自体が思い違い」であるという重大なことに気づこうともせず、多様な意見を排除する専制主義的な国家とは対極にある家族的な話し合いによる循環型の村づくりによる平和と幸福顕現の可能性について探ってみた。世界の核保有国が、核の脅威をあおり、極めて危険な動きをする現在の国際社会の現状から、一刻も早く脱皮し、幸せで平和な地球社会に変革して行く道筋の手掛かりの一つでも見出せないものかと願ったのである。

 

猛烈なスピードで突き進む科学技術と一体となった経済成長主義は「人類社会の進歩と繁栄」の美名のもとに環境破壊を繰り返し、地球生命圏を危機的状況に追いやっている。このような事態を見るにつけ、絶望的な気持ちに陥りがちなのだが、何とか「事実と思いの分離」につとめ、思いは思いとして陽的に研鑽を深め、事実を共に知恵と力を合わせ改善し続け、一条の希望の光を見出したいものである。

 

 さらに執筆を遂行するにあたって、一般社団法人BOOCSサイエンスの藤野武彦理事長をはじめ理事の方々との話し合いや実践活動を通して、極めて有意義な示唆を受けたことを申し添えたい。

「いのちの放浪記抄」目次

「いのちの放浪記抄」あらすじ その1 ≪人はなぜ死ぬのか そして生きるのか≫

「いのちの放浪記抄」あらすじ その2 ≪上昇志向からの決別 真実の世界は足下に≫

青春の煌めき いのちの旅へ

突然の死の知らせ 雪のひとわん

いのちの原点から 永遠の今の煌めき

追憶の恋と反復の恋

純粋な心の声 失ったものを受け止め直す

生命探究 いのちにうまく質問せよ

機械論からの落ちこぼれ 地獄の門の前で

いのちへの渇き 天からの生きる道しるべ